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2013年2月 6日 (水)

2012.0922.23 奥秩父ファストパッキング敗退記 その2 (笠取山~大菩薩~小金沢連嶺)

雨止まず。

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薄曇り。時折、雲が晴れて青空が顔を出す。しかし南の方角をに目をやると黒い雲。

やはり予報よりも早めに崩れてきやがった。再び荷物を背負い板橋峠を後にした。

 

 

峠を通る林道から防火帯が刈られた尾根に取り付く。

藤谷ノ頭を目指して直登する。しかし20km走った後のふくらはぎにはかなり堪えた。途中からスイッチバックを切って登った。

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三窪高原に続く尾根に乗っかると小雨が降ってきた。せめてあと3時間だけ持って欲しかった。JamからArc'teryxのSquamish Hoodyを取り出す。走れるウインドシャツ兼雨具として持参したSquamish Hoody。4年の歳月でかなり撥水もかなり弱くなったがこの程度の雨なら何とか凌いでくれている。しかし、ものの数分でしっかりと土砂降られる事になった。

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土砂降りの中を柳沢峠を目指してひた走る。極力体は濡らしたくない。今回のトリップの中で一番走ったセクション。

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東屋を見つけ雨脚が弱くなるまで雨宿り。停滞すると濡れた体が凍えた。雨が降り始めてから気温も下がってきている。9月の終わり。もう山は秋に入っている。

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雨が小降りになった頃を見計らい東屋を飛び出す。三窪高原を駆けて柳沢峠へ急いだ。

 

しかし最短距離で抜けるはずが三窪高原内の数ある散歩コースの一つに迷い込んでしまった。その迷い込んだルートは鈴庫山、柳沢ノ頭を経由する「展望ルート」。三窪高原を周遊して天気が良ければ展望を満喫できるルートなのだが今回は全く展望の効かない雨の中を走らされる羽目になってしまった。少し遠回りをしたが何とか柳沢峠に到着。

しかし柳沢峠に雨の降った形跡がない。どうやら三窪高原で雨雲を追い越してしまったようだった。

 

柳沢峠

江戸から丹波大菩薩道や牛ノ寝通りから大菩薩峠を経て甲州に抜ける街道が青梅街道。江戸と甲州を結ぶ街道として当時から一般的な甲州街道よりも距離が2里も短く、関所が無い事もあり、「甲州裏街道」としてかなり歩かれていたようである。しかし明治に入り、大菩薩峠に車を通すことが困難な為、街道整備に伴い大菩薩峠の北側を迂回する形で開通させた峠である。

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当時はそれなりに賑わったであろう峠の茶屋も今じゃバスも通らず(ダイヤ改正で今は日に2本程度通ってるようです)閑散としていた。

 

”水はすべて現地調達”などと言っていたが、そんなプライドなどはとっくに投げ捨てているので早速アクエリアス購入。飲み干す。9月の終わり。走ればそれなりに汗をかく。

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時計の針は16時を少し回った所。柳沢峠から大菩薩避難小屋までコースタイムで約4時間。走って3時間切れるかどうか。ナイトハイクになるが19時には到着出来る計算だ。もちろん、雨が降らなければの話だ。

誰もいない駐車場で一人思案していると流石に体が冷えてきて空腹を覚えた。そういえば今日はシリアルバーやエナジージェルしか腹に入れていない。気が付いた時には峠の茶屋の暖簾を潜っていた。

 

半分だけ電灯を消しているのか、もしくは半分だけ電灯を点けているのか。薄暗い茶屋に入りると奥から親父が顔を出し頭を下げた。

 

”この天気だから今日はもう誰も来ないかと思っていたよ”

 

淹れてくれた番茶を飲みながら一人、蕎麦を待つ。

 

”お兄さんは何処から来たんだい?”

 

”広瀬湖から雁峠を越えてきました”

 

”広瀬湖?ずいぶんとまた遠い所から来たんだね”

 

出てきた蕎麦にとろろが乗っかっていた。サービスだ、と親父は言った。

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雨で冷やされ乾いた喉に熱々の出汁が染み入った。半分ほど一気に食った。

 

一息付いてから山道を走るトレイルランニングでここまで来た事を告げると、初めて聞いた、と言う。来るのは自転車かバイクの人で、山から来る人は殆どいない、との話だ。そういえば、と昔の記憶を辿っていたが直ぐに放棄した様子でまたお茶を啜り始めた。

 

”今日はこれからどうするんだい?”

 

大菩薩避難小屋まで、と答えると、この時間じゃすぐ暗くなるから無理だ、と即答された。走って行くので歩くよりは速いし、幕営装備は持っているのでもし暗くなったら途中の峠でビバークしますよ、と答えると、親父は黙想した後に

 

”寝れる場所なんて何処にも無いから今日は此処の駐車場で泊まった方がいい”

 

と言った。一瞬、気持ちが揺らんだが、避難小屋まで無理そうなら駐車場まで戻ってきて夜明けを待ちます、と答えた。親父は何か言いたそうだったが黙っていた。

 

バイク乗りの集団が茶屋に入ってきた。親父はいらっしゃいませ、と声を掛け奥に引っ込んだ。どうやら長居しすぎた様だ。あまり人としゃべっていなかったので人恋しくなり親父と話し込んでしまった。

 

勘定を済ませ茶屋を出る。柳沢峠は雨の中だった。どうやら蕎麦を啜っている内に雨雲に追い抜かれてしまったらしい。

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此処から大菩薩エリアに入る。避難小屋まで駆けるのみ。

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森の中なので多少の雨は凌げる。しかし六本木峠を越えた辺りからSquamish Hoodyの撥水では凌げない程の雨になった。走れば1時間30分で避難小屋。しかしこの雨と薄暗い森の中でのランは危険と判断してビバークする事にした。 

薄暗い森の中、ビバーク適地を探すも親父の言った通りでフラットなスペースが皆無だった。

ヘッデンを頼りに探してみたものの適地を見つけられず。結局、土砂降りの中、トレイルの脇で強引にタープを張った。

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雨が強いので今回はハーフピラミッドで張らずに縦長に低く張る張り方にした。この張り方、居住性は落ちるが雨に対してはそこそこ強い。茂った笹の葉がタープの中に入り込み、グランドシートは笹の葉で持ち上げられ落ち着くまでにかなり苦心させられた。

 

コケネン・ボーイ・スリムで湯を沸かしてる間に濡れた体を拭いたり荷物をパックライナーにまとめて放り込んだ。抹茶で一息ついた後にお吸い物とコンビニのオニギリでの晩飯を摂った。

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出来れば黒川山(鶏冠山)周辺でのビバークは避けたい所だった。武田信玄を支えたと言われる甲州金を生み出した黒川金山おいらん淵などの周辺でのビバークはさすがに寝付きが悪い。

 

柳沢峠での長居がいけなかった。予定の避難小屋まで駆ける事が出来なかった訳だから贅沢も言えまい。しかしこの細い山道、獣道が幾重にも交差していた。

 

獣は雨を嫌うと云う。雨は気配を消し去る。故に獲物の気配も消し去る。獣たちはこの雨の中、身じろぎせず雨明けを待つのだろう。山の流儀に従いこちらも早めに気配を消す事にする。

 

明日の朝、この雨が止んでいる事を願って。

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奥秩父ファストパッキング敗退記 その3

 
 
 
A Hard Rain's A-Gonna Fall / Bob Dylan

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